[鍋考・弐拾参]なぜ鍋は丸いのか? 炭火を見ながら、火が持つ力と鍋について考えた


「ゆう活」や「エクストリーム出社」なんて言葉がちょっと前に話題になりましたね。

かたや国家公務員の勤務制度、かたや任意の活動と毛色は違いますが、仕事の準備のための朝・仕事をしている日中・仕事後の休息の夜、という三分割に+αの時間をもたらすことで充実した生活を送ることを主眼とするという点では共通しているように思います。

これらに影響されたというわけでもないのですが、ハードな仕事の連続に疲れたとある日の夕方にふと鍋をつつきたくなったので、自宅の庭でひとり(寂しい?)チムチュムをつついたのでその様子を簡単に。

もう毎度おなじみのチムチュム

鍋、つつこ。を読んでくださっている方からすると「また? 飽きたよ」と言われるかもしれません(笑)。

しかし、飲み会で鍋をつつくというとついついもつ鍋を選んでしまうように、鍋と言えばチムチュム。というのが最近の私の脳内。

美味しいのに簡単にできるというのが最大の魅力です。

チムチュムって何? という方は、過去の記事を参考にしてみてくださいね(こうして並べてみるともつ鍋並に記事数が多い)。

タイ東北イーサーン地方がルーツの鍋料理で、タイハーブの爽やかな香りのするスープで具材を煮込み、つけだれをつけて食するタイ人も大好きな鍋料理。

日も暮れて暗くなり始めたところから準備を開始です。

これが私のチムチュムの基本セット(笑)

これが私のチムチュムの基本セット(笑)

タイのクレット島で買ってきた素焼き鍋

タイのクレット島で買ってきた素焼き鍋

豚とイカのハーフ&ハーフ。もちろん玉子は忘れずに

豚とイカのハーフ&ハーフ。もちろん玉子は忘れずに

左下にあるのは空心菜。茎に若干ぬめりがある食感が好き

真ん中下にあるのは空心菜。茎に若干ぬめりがある食感が好き

庭に種をまいたら、もはや雑草のように。つまり食べ放題

庭に種をまいたら、もはや雑草のように。つまり食べ放題

自家製のつけダレ。辛めに仕上げるのが自分好み

自家製のつけダレ。辛めに仕上げるのが自分好み

タイハーブたっぷりのスープでいただく

タイハーブたっぷりのスープでいただく

さて、肝心の煮えたところを撮るのを忘れてしまったので(苦笑)、煮えた様子は過去の記事から。

煮えるとこんな感じ

煮えるとこんな感じ

お好みでタレをかけて。

お好みでタレをかけて。

手前味噌ですが、美味しかった!

 

ゆらゆら揺れる火を見て和み、そして思いを巡らせる

そうやって鍋をつつきつつ、炭壺でゆらゆら揺れる火をながめていました。音も立てずにゆっくりと燃えて陽炎のように空気が揺れるのを見ていると、心がとても落ち着きます。

音もたてずに静かに燃える火

音もたてずに静かに燃える火

ちなみに陽炎は気象現象に類するものですが、古くは万葉集にも登場する言葉のよう。

詳しくは「陽炎(語源由来辞典)」で解説されていますが、それによるともともとは「かぎろひ」と言ったらしく、「きらきら光って揺れる、ちらつく・影、ほのかに光を出す」「火」というように揺れて光る炎に見立てた言葉と考えられているそう【陽炎(語源由来辞典)を参考に記載】。

昔の人もこうやって火を見て和んだりしたんでしょうか。火を囲んで、鍋を囲んで皆と楽しく会話をしていたりしたんでしょうか。

一説によると、人間が集団生活を重視するようになった理由には、陸上の生物種としては単体では比較的弱いということを補うということ以外に、この火の利用がきっかけであるとも言われているそうです。

現代のように簡単に着火する手段がなかった時代、火は自然災害による偶発的なきっかけでしか取得できなかった。これを常に維持するためには集団を形成し火をくべ続ける必要があったと。

そしてその火を使って劇的に変わったものの一つに食生活があります。

火を通した調理ができるようになることにより、食生活はそれまでの生食主体(あとはせいぜい干すぐらい?)のものから劇的に種類が増えたであろうと容易に想像できます。そしてこの過程で「鍋」という料理がある種自然に産まれたんじゃないかと思います。

大事な火を皆で囲んで守りつつ、ともに食事をし、集団を成熟させる。車座のだれもが同じようにつつくことができる円形の鍋を中心に(実際には階級社会とかだったのかな?どうだろう)。

鍋の原風景ってこんな感じなんじゃないかしら。鍋を囲んだときの安心感や、だれともなしに話題が膨らむという不思議な場は、こういった種としての記憶がもたらすものなんじゃないか……?

 

こうやって色々考えていると、神話の世界についても思いが巡ります。

例えば日本ではイザナギとイザナミ、そしてカグツチの神話、そしてギリシャ神話のパンドラの箱にもあるように、火がもたらす効用や災厄については古くから認識されていたと思われますが、その本質的な部分は今も全く変わっていないように思います。

もはや火がなくしてもたらされない道具や環境で便利な暮らしを享受する一方で、世界ではそれが為に不便な生活を強いられる人、命を絶たれる人もいる……

そんなことを考えつつチムチュムをつついたある日の夕方でした。
いろいろに思いを巡らせ、鍋、つつこ。

 

(文責・大崎)


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