このエントリーを書いている時点(2014年2月23日現在)でWordPress上で下書き状態になっている、メンバー馮のあんこう鍋のインパクトの強さに恐れおののいている大崎がお送りします。
ちょっと前の話になりますが、午前の会議が終わったあとの昼食で、「有楽町コパン・コパン (COPAIN・COPINE)」の豚キムチチゲを食してきました。
寒い季節には鍋が一番。唐辛子の辛さがたまらない
アツアツでグツグツの鍋(鍋から生まれる音については「[コソ鍋・漆]ぜんぶ雪のせいだ。鍋のオノマトペについて考える」をご覧ください)、加えて唐辛子の効果でカラダも暖まる。
豚とキムチとタマゴという完璧な組み合わせも文句の付けようがなく。
いやー、おいしい。幸せだなあ。
ちなみにぼくは辛いもの好きなので、ここでチゲを食べる時は必ず唐辛子を追加します。
唐辛子系の鍋に大量の唐辛子トッピング、ということで元々赤い鍋がさらに真っ赤になる(そしてドロっとする)けど、この辛さがたまらない。
こんなに入れるなんてもしかして味音痴? と言われそうですが、気にしない。好きなものは好きなんです。
ところで、唐辛子に含まれるカプサイシンはよく知られる代謝向上によるダイエット効果や免疫力向上の他に、胃壁の保護作用があるとのこと。意外ですね。
ただし摂りすぎると逆に胃を荒らすということなので、何事もほどほどがよい、ということですね。
チゲ? チゲ鍋?
さてさて。
グルメ系検索サイトなどでチゲを出すお店を調べていたところ、「○○チゲ」「○○チゲ鍋」などと、「鍋」が付いていたり付いていなかったりするのがどうも気になってしまい、おなじみのWikipedia。
飯や副菜、キムチなどと共に個人ごとに一人分の量の小鍋で供されるが、歴史の浅いプデチゲは例外で、大鍋で調理し食卓の中央に置いて皆で取り分けて食べる。
(中略)
日本では朝鮮半島風の鍋料理を「チゲ鍋」と表現することがあるが、朝鮮語の「チゲ」には「鍋料理」の意味をすでに含むため言葉としては重複している。
ふむ。
「チゲ=鍋料理」ということなので、チゲ鍋だと「鍋鍋」になるということのようです。「石狩鍋鍋」とか「土手鍋鍋」とかそういうイメージですね。
重言からことばと料理の変遷を考える
これはいわゆる重複表現(重言)であり違和感がありますが、重複表現自体はわりと日常的に使っているものもあるような気もします。
昔の記事ですが「gooランキング:つい使ってしまう重複表現ランキング」というのがありました。この記事ではよく使ってしまう重複表現の30位までを掲載しているのですが、
- 一番最初/一番最後
- 過半数を超える
なんてものは自分自身も普通に使ってる……
確かにひとつひとつの文字に注目すると、意味的には重複していることがわかります。
とはいえ一部の表現においては、もはやそういうものとして許容されているものも多いもよう(重言:Wikipedia – 慣例上許容されているもの)。確かにこのあたり、あまり厳密に考えすぎて「本(もと)」にこだわると、逆にことばがギクシャクした不自然なものになってしまいそうです。
本来ことばは発話する人の考えを音に変えて伝える手段なので、仮に重複が本来的に是でなかったとしても、それでより感情が伝わるならば、道具としては正しい進歩の方向性であるような気がします。
料理も同じで、一部の伝統料理のように様式自体を守ることに意義があるものもありますが、ほとんどのものは、今あるものをより美味しく、より楽しく食べることができるように長い年月をかけて改良され続けています。
それは喜ばしい進化の方向だと思いますし、起源を知り、今を知り、その差を楽しむというのが実は面白い遊びなのかもしれません。
その進化の最先端を行っていると思われる渋谷の「ゆるり屋」は「鍋、つつこ。」の立ち上げのきっかけでもあり、そのうち本家鍋で突撃予定。「世界の鍋」シリーズのネーミングの緩さが秀逸。
冒頭の「大量唐辛子トッピング」も、いずれ廃れるかもしれないけど、一つの進化の枝だと自己を正当化して、とりとめなくなってきた今回のコソ鍋レポートを強引に結びたいと思います。
まだまだ、鍋、つつこ。
※ところで。
さっきの重言で、「甘いスイーツ」は個人的にはキライな表現。そもそも「スイーツ」っていう表現がどうも受け入れられず。「お菓子」とか「ケーキ」とかじゃだめなのかしら。
古いところだと「チョベリバ」なんてのもあったなあ。
(文責・大崎)
今回つついた鍋
種類: | キムチチゲ |
店名: | 有楽町コパン・コパン (COPAIN・COPINE) |
URL: | http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130102/13000163/ |